少し足らない世界。

投稿者: | 2014年9月21日

「野口体操」をご存じですか。
1998年に亡くなった
野口三千三先生が創始した体操です。
体操といっても、ちょっと変わっているんです。

からだを鍛えるという目的の体操ではなくて
からだをゆるめることに焦点を当てています。

野口三千三先生は
『人間の外側から何かを付け加えたり、取り除いたりするのではなく、
人間の一生における可能性の種・芽は、現在の自分の中に存在する』と考え
自分自身のからだの動きを手がかりとして、
自分も含めて誰も気付いていない無限の可能性を見つけ育てる野口体操を編みだしました。

野口三千三先生の助手を長年つとめ
現在も野口体操の活動をしている羽鳥操先生。
彼女がこころとからだについて、こんなことを書いています。

 「こころ・からだ」という言葉に束縛されている人が多いようですが、生前先生はそうした考えに束縛されるな、と口癖のように話しておられました。こころもからだも、ここにある一つの自然なのだ、と捉えたい。「死」という自然がわからないように、こころもからだもわからないことであっても不思議はない、と語っていました。

 だからこそ、わからないことを大事にしたい。義務としてそうするのではありません。わからないことも一つずつわかろうとしていく。それでもなおかつわからないことが残ることを楽しみたい。

 中略

 自分のからだの自然に気づくことによって、「超」の世界に生きるのではなく、ごく普通の日常を大切にする生き方を自分の感覚で選び取る力が備わるのです。野口体操は、そうした人間本来の生きる力を回復させてくれるのかもしれません。

 あれもこれもと、何かをガツガツ求めるのではなく、少し何かが足らない世界で自分にとって何がいちばん大切なのかを見つけることによって、「常」の世界を全うしたいと考えます。

 「楽に息をする」在り方を見つけることは、生きものとしての基本を、ほかならぬ自分のからだが大切にすることになります。生物の歴史のなかでたった一個の存在・唯一無二の存在としての私を、具体的に生きることそのものなのです。

(『野口体操 ことばに貞(き)く』 p114-115)
 

「少し何かが足らない世界で自分にとって何がいちばん大切なのかを見つける」
このことばを聞いて
老子の「足るを知る」という姿勢にもつながるなあと思いました。
「足るを知る」ことで、自分も楽になる。

からだをゆるめることを生涯追求しつづけた野口三千三先生。
からだをゆるめることはこころもほぐしてくれるんじゃないかな。
野口先生のお考えを読んで
日々の臨床を通じて感じていることが、確かなものに変わります。