村上春樹『約束された場所で-underground2』

投稿者: | 2014年3月27日

村上春樹の作品。
小説ではなく、オウム真理教の信者・元信者へのインタビューをまとめたものです。
前作『アンダーグラウンド』では、
地下鉄サリン事件の被害者の人たちへインタビューを行っています。
その『アンダーグラウンド』と対になる作品。

本編のあとに、心理学者の河合隼雄との対談がふたつ載っています。
・『アンダーグラウンド』をめぐって
・「悪」を抱えて生きる

このふたつの対談が非常によいです。
正直、お二人の話していることや考えていることは
わたしにはむずかしくて、よくわからない部分もしばしば。
共感できない部分もあるし。

でも自分の中にとっても濃く残っている部分があります。
はじめて読んだのは10年くらい前になりますが
その部分だけはなぜか残ってる。

村上 でも中には「この人は世間でうまくやっていけないだろうな」という人は明らかにいますよね。一般社会での価値観とはもともと完全にずれてしまっている。それが人口の中に何パーセントくらいなのかは知らないけれど、良くも悪くも社会システムの中ではやっていけない人たちが存在していることは確かだと思うんです。
そういう人たちを引き受ける受け皿みたいなものがあっていいんじゃないかと僕は思いますが。

河合 それは村上さんの言っておられることの中で僕がいちばん賛成するところです。つまり社会が健全に生きているということは、そういう人たちのいるポジションがあるということなんです。それをね、みんな間違って考えて、そういう人たちを排除すれば社会は健全になると思っている。これは大間違いなんです。そういう場所が今の社会にはなさすぎます。

中略

村上 さっきの社会(現世)にうまく適合できない人々の話に戻るんですが、そういう人たちのための有効な受け皿のようなものは作れるんでしょうか。

河合 人間というのは、いうならば、煩悩をある程度満足させるほうをできるだけ有効化させようという世界を作ってきとるわけです。しかもとくに近代になって、それがずいぶん直接的、能率的になってきています。そういうものに合わない人が増えてくるということですね、どうしても。そういうシステムがいま作られているわけです。だから、そういう「合わない」人たちに対して我々はどう考えていけばいいのか。

 それに対してひとつインパクトを持ちうるのは芸術とか文学とか、そういうもんですね。

 

絵を描いたり。
小説を書いたり。
映画を作ったり。
ときには治療の一環として、箱庭を作ったり。
なにかを表現することが、自分の受け皿となり、癒しでもある。
そういうことかなと思います。

そして
河合隼雄の意図とは違うかもしれないけれど
芸術や文学を受けとって、なにかを感じる。
それもまた自分の受け皿になると思うのです。

 
わたしが所属していた文学部演劇映像専修というところ。
自分も含めて、教授も友達もみんな映画オタクの集まりのようなかんじでした。
そして当然のように(?)映画以外の娯楽も好きなわけです。
本、映画、美術、まんが、写真などなど
くわしい友達がいくらでもいたし、
みんなそういう話をしてた。
ゆる~い学生生活だったので時間もたっぷりあって、
とにかく、芸術・・・というかサブカルチャーにどっぷりつかっていました。

癒しを求めて
本やまんがや映画にはまっていたつもりはないけど。
でも今ふりかえってみると
10代から、大学を卒業するくらいまで
物語に癒されていたところはある。

物語によって
こころがおちついたり。
登場人物に共感したり。
また明日からがんばろうという気持ちになったり。

本や映画にはまることは
ある意味、自分の受け皿だったのかもしれないと思います。
村上春樹と河合隼雄がしているのは
そんな単純な話ではないのでしょうけど・・・。
この対談をはじめて読んだとき、
大学生でオタクな自分をちょっと肯定されたような気持ちになって
少しほっとしたことを覚えています。

 

娘が大きくなったら
もしかしたら、本やまんがや映画にはまるかもしれない。
もしそういうものが好きになるとしたら
どっぷりつかって、
そられもひとつの居場所になればいいと思う。

人間関係のなかでしか癒されないこともあるけど
物語にしかできないこともたぶんあるよと
オタクの母は思います。
居場所はたくさんあるといいよ。


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