竹内敏晴『癒える力』。

投稿者: | 2014年3月10日

竹内敏晴さんは1925年東京生まれの演出家です。
実際にお会いしたことはありませんが
わたしが20歳くらいのとき、友人からすすめられて
彼の本を読み始めました。

有名なのが「からだとことばのレッスン」という独特の演劇トレーニング。
演劇のレッスンとしてだけでなく、
人間関係や自分自身に気づくためのレッスンでもあったようです。
障がいのある子どもたちの療育にも力をいれていました。
 

『癒える力』のまえがきでは
ことばについて、こんなふうに書かれています。

まこと-真言-とは、人間関係の場においては、人と人とが全人格を挙げて「じか」にふれているということにほかならない。

病むということは、ウソー虚構ーであることばによって構築された礼儀や生活の実務やらの慣習の世界から、「じか」の世界へと落ちこぼれてゆくことだと言っていい。

じかな痛み、苦しみ、悲しみ、がかれのからだに溢れかえり、それを耐え、わずかな呻きを、じかに他人に手渡そうとするだけが精一杯のことになる。

かれはいわば、ことばが今生まれ出ようとする地点、またたちまち死ぬ危うさの地点にいる。

ことばを発して、それに答えてくれる人があること、それを受け取るということは、相手に受け入れられるにせよ拒まれるにせよ、人と人との一つの「出会い」である。

まこととまことのぶつかり合いである。かれはそれを待ち望む。熱い出会いを。

 

その当時、人間関係で悩むことが多く
人間関係がうまく築けない=ことばをうまく扱えない
と感じていました。
そんなわたしにとって、竹内敏晴さんの文章は
こころの中にすんなりと入ってきたのです。

 
みなさんは
つらい思いをしているひとを目の前にして
ことばが出ないことってありませんか。

「大丈夫だよ」
「元気を出して」
「その気持ち、わかるよ」

どんなことばも、よけいに傷つけてしまいそうで
何も言えない。

鍼灸の学校に入学するよりもずっと前に
そんなことがありました。
つらい気持ちをうちあけてくれた友達に対して何も言えなくて、
手をにぎってただじっと話を聞いていました。

今でも、あのときどうしたらよかったのかなと思います。
彼女に何と言ったらよかったのか、
わたしにできることは何だったのか。

答えはわかりません。
でもあのときの自分にとって
何かことばをかけることはウソだと感じたんです。
彼女のために、何かしたい。
でも何て言ったらいいかわからないし、何もできない。
それが自分にとってのほんとうでした。
そしてそのままの自分、
何も言えない、何もできない自分として
彼女に接するしかありませんでした。
 

竹内敏晴さんは、
「ひとの身になる」ということについても触れています。

「ひとの身になる」とは(演技の問題とも重なることだが)自他の関係のどういう構造によって、どういうプロセスを辿って成り立つことなのかを十数年来折りにふれて考えてきた。

演技や医療の分野だけでなく、教育の分野でも切実な問題だと思われたからでもある。教員たちは授業計画の遂行や学校運営やの、果たすべき課題に追われて、子どものからだに見入り、感じ取ってみる余裕がまったくなくなりつつある、と見えたからだ。

しかし、自分にとっては実はその先が大切なのだと気づいたのは、つい近頃と言っていい。

「ひとの身になる」とは、ある瞬間に成り立つ理解のことばかりでなく、それを出発点として、長い時間をかけて相手と築き上げてゆく「関係」のことなのだということを。

 

「他人の気持ちを理解する」とか
「相手の身になって考える」
ということば。
あまり好きではありません。

ひとの気持ちなんて簡単に理解できるものではないし
絶対に、他人にはわかることのできないつらさってあると思うんです。

でも、「わからない」ことを前提にして
わたしにできることは何だろうっていつも思います。
鍼灸師として、ひととかかわっていく道を選んだからには
できうる限り「じか」なことばで
「じか」に相手とかかわりたい。
「わからない」上で、
相手との関係を続けていきたいと思うのです。


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